2006年09月11日
TUBE 20周年寄稿 2006年1月25日 平石貴久 記
僕が初めてTUBEに会ったのは、前田くんがひどい風邪を引いてクリニックにやって来た時だった。もちろん人気絶頂の彼らが患者さんになったことは、とっても嬉しかった。
そしてメンバー全員の主治医となり、コンサートやレコーディングなど、彼らの一人でも体調を崩すとどんな時でもどんなところへでも緊急往診して、一生懸命彼らのコンディションをキープするよう、最高のコンディションで素晴らしい歌を演奏出来るように、彼らとともに突っ走った。僕の中ではTUBEは特別な存在であった。
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投稿者 hiraishi : 12:06 | コメント (6813)
Dr.平石日記「2006真夏・TUBEの夏」
「夏」と言ったらそれぞれイメージするものはたくさんあります。抜けるような青空にマシュマロのような入道雲(積乱雲)、口のまわりに汁べっとりのスイカ、甘い水茄子、マイナスイオンを自慢気に振りまく滝、せつない蝉の声、明日も夏休みの元気な子供の声、想い出でのラジオ体操、そして毎年流行るわれらがTUBEのアルバム。今年はBBQ(バーベキュー)サウンドです。
2006年7月16日(日)高知県須崎市でTUBE真夏のコンサートが開かれました。高齢の高知市内のライブ会場がアスベスト改修工事のため使用禁止、これも今年の象徴でしょうか?長い20年のコンサート活動で最も小さい950名の体育館で開かれました。
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投稿者 hiraishi : 11:43 | コメント (10523)
2006年03月13日
Dr.平石日記/2006幕開けは亜細亜大学・箱根駅伝総合優勝!!
2006年は日本中の駅伝ファンが、みんな驚いた「第82回箱根駅伝/亜細亜大学総合優勝」で幕が開きました。とにかくうれしかった瞬間です。
箱根駅伝への挑戦はいつから始めたかはっきり憶えていないくらい、長い挑戦でした。最初はやはり亜細亜大学の選手が何人かコンディショニングで通院し始めました。やがてほとんどの部員が治療に訪れましたが、当時の大槻監督には最後まで面識がありませんでした。選手の自主性に任せた戦いが5,6年つづき、ついに村田キャプテンの時代にシード権を獲得したことを機に亜細亜を離れ、帝京大学陸上部にあの喜多監督が就任。彼から正式にチームドクターを要請され選手全員の健康管理とコンディショニングを始めました。
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投稿者 hiraishi : 09:50 | コメント (21168)
2005年01月30日
主治医としての歓び
29日、ホテルオークラで「十八代目勘三郎襲名披露パーティー」が絢爛豪華に開催。当のご本人が体調を崩し、土曜の午前中にクリニックにいらっしゃいました。原因は風邪ですから、大事に至らずに済みましたが、ちょうど診察室にいらっしゃった時に、巨人軍・阿部慎之介(捕手)と居合わせました。元々野球ファンの勘九郎さん、とてもうれしそうなお顔でした。
投稿者 hiraishi : 11:12 | コメント (4319)
2005年01月11日
「歌舞伎座の中で」
お正月も明けると歌舞伎座新春公演で、銀座は大賑わい。歌舞伎好き人間には今年は勘三郎襲名披露が始まり、たまらないシーズン開幕といったところ。
華やかな舞台と違って、今日は歌舞伎座の楽屋風景をお話しましょう。
投稿者 hiraishi : 11:51 | コメント (19611) | トラックバック (12237)